2015年1月11日日曜日

「ココロ」は「カラダ」、「カラダ」は「ココロ」

「ココロ」と「カラダ」が繋がっているという話はよく聞きますよね。
でも、「ココロ」と「カラダ」が繋がっているという時点で、
「ココロ」と「カラダ」は別物として分けられていることに疑問を感じています。

「えっ!?別物じゃないの?」と言われてしまいそうですが、
目に見えない「ココロ」と目に見える「カラダ」は違いはあるけれど、
「イノチ」という視点で見ると、「ココロ」も「カラダ」もひとつ、
同じ物だと見ることもできるのではないでしょうか?

そう考えると、目に見えない「ココロ」の問題も
よりシンプルに捉えられるかもしれません。

これまでに何百人にセッションをしてきて感じるのは、
今の「カラダ」の状態は「ココロ」の状態だということです。

例えば、頑な思考をお持ちの頑な性格の方は、カラダの筋肉も頑で
なかなか素直に緩もうとしないことが多いです。
そして、注目してほしいのは、その頑な筋肉が緩み始めると、
頑な思考が緩んできて、性格が変わったかのようになってしまいます。

また、自己表現を抑えて生きることをしてきた方は、
便秘であることが多いです。
カラダにとっての食べ物を外に出す排泄という行為は、
自己を外に出す自己表現と同じなのかもしれません。
そのときも、便秘が解消してくると、
自己表現ができるようになってくることがあります。
(ただし、便秘の解消だけでは難しいこともあります)

そして、自己表現が苦手な方や人の言いなりになってしまう方は、
食べ物を食べるときの咀嚼(そしゃく)が少ない方も多いです。
人の思考や言われたことを、自分なりに納得できないまま飲み込むことと、
咀嚼が少なく飲み込むことは、とても似ています。

「ココロ」は「カラダ」、「カラダ」は「ココロ」

そんな風に捉えることができると、
もっとシンプルに「イノチ」を感じることが
できるんじゃないでしょうか?

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