2013年6月4日火曜日

最近、感じること

【手放す】

クライアントさんに、
この言葉を使われる方が増えてきました。
まるで流行語のように頻繁に聞きます。

みなさん揃ってこう言います。
「手放せれば、もっと楽になれるのに!」と。

そして、苦しみの原因を、私に伝えてくれます。
「わかっているけど、手放せないんです!」
「どうやって手放せばいいのかわからない!」と。

「手放す(=いいこと)」に執着しすぎて、
苦しみが生まれているような状態にも見えます。

「手放す」の意味合いには、
執着しない(どっちでもいいや〜)が含まれていると感じています。

執着しないことに、執着している状態ですね。
↑なんだか禅問答みたい(笑)

他にも良くあるのが、
「答えは自分のなかにある!」
「ありのまま〜」
「自分の使命」などです。

プロセスを経て体感したことのある人にとっては、
「そうだよね」という真理だと思いますが、
体感したことのない人にとっては、悩み(苦しみ)のタネです(笑)

数学でもなんでもいいですが、
問題を解く前に、いきなり「答え」を教えられると、
問題を解こうとしません。

なんとなく理解せずに、答えを答案用紙に書いて
1問正解してしまいます。
でも、次の問題はなかなか解けないんですね。

問題を解くプロセスのなかに、
次の問題を解くヒントがあったりします。
ある問題を答えだけ書いて解答してしまうと、
次の問題が難しく感じてしまうようです。

だから、必死に答えを探そうとするか、
答えを教えてくれる人を探そうとします。
自分で「問題を解くプロセス」が重要なのに、
答えを探す旅に出てしまいます。(ドコイクノー)

「答え」を教えられると、
(一つの)「答え」にとらわれてしまいます。
(↑コレにとらわれないように〜!)

だから、執着しないことに執着して、苦しみが生まれ
余計なエネルギーを消費する状況が生まれるのかもしれませんね。

「そもそも無理して手放す必要はありますか?」
「今、必要だから持っているんじゃないですか?」


さて、話を変えて、
ココロとカラダの専門家として、
カラダのお話もしようと思います。

「手放したい!」と悩みを伝えてくださる方に限って、
カラダが閉じている方がほとんどです。

心理的なパターンに気を取られていて、
両手でしっかり握りしめていることに気づいていません。

あらゆる心理療法があるように、
心理的に解放されると、カラダが解放されることもありますが、
逆にカラダが解放されることで、心理的に解放されることもあります。

カラダが開くことで、握りしめていたことや
握りしめていたモノが見えてくることがあります。

心理的に向き合うことができない場合は、
先にカラダを開くことも必要だと思います。

カラダが閉じて、充分なスペースが足りない状態では、
ココロに新しいアイディアを受け入れるスペースが
生まれにくいですからね。

ココロの問題をココロだけで見ていくこと、
カラダの問題をカラダだけで見ていくこと、
どちらも必要ですが十分ではありません。

ココロとカラダを分けることはできませんから。

<ポラリティセラピーの詳細はこちら>
http://polaritytherapy.jimdo.com/

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